代表・加藤亮介について

代表・加藤亮介について

医療業界にイノベーションを

株式会社想現グローバル(SOG)は、柔整業界だけでなくヘルスケア産業に従事する柔道整復師や鍼灸師、トレーナーなどの働き方や将来のあり方にイノベーションを起こします。そのためには今の業界や医療従事者を取り巻く環境、活躍できる場などを大きく変えていく必要があると考えています。

  • 医療従事者だから自己犠牲の精神で働く
  • 医療従事者の給与は安くても仕方ない
  • プライベートの時間が取れない
  • 働き方や働ける場が限られている
  • これらは本当に正しいことなのでしょうか。
    株式会社想現グローバルは、医療業界でこれまで常識とされてきたことにイノベーションを起こし、自分たちがもっと楽しくなるような環境、もっと活躍できる環境、もっと稼げる環境の創出を目指しています。

加藤の経歴

【挫折の人生】

僕の人生は挫折の連続です。
実は、大学を卒業した年に受験した柔整学校を一度落ちています。その理由とは?

入試のマークシートが何かを知らず、問題用紙に全て回答を書いて提出し、マークシートは自分で持ち帰ったのです。ちょっとあり得ない話ですよね。でも、大学でラグビー漬けだった自分には、そんな常識すら身についていませんでした。それでもあきらめず1年の間、昼間は整骨院の受付で働き、夜は寝ないで勉強して翌年の入学試験には合格し、その3年後、卒業した年の国家試験にも合格できました。

【都内救急病院で整形外科の激務を経験】

柔整学校を卒業後、26歳で就職した都内救急病院では、医療従事者の劣悪な就労環境を、身をもって経験しました。朝早くから夜遅くまで働き、夜勤当直では不眠不休で働くなんて当たり前。3年間勤めましたが、休日などほとんど無く、あまりの激務に1年目を終えた時点で上司に退職の相談もした程です。それでも、当時は柔道整復師が救急病院で働くこと自体が珍しかったので、年間数百件の骨折、脱臼といった外傷処置や、それに伴う外科的手術の助手、救急外来、病棟回診など多くの経験を積ませてもらえました。

【開業までの辛酸】

29歳で救急病院を退職し、開業までの準備期間に働かせてもらった兄弟子の治療院では、1ヶ月の給与が7万円でした。「え?」という感じでしたが、「技術を教えているのだから、給与は貰わなくてもいいだろ」という無言のプレッシャーが。当時の柔整業界には暗黙の了解としてのこのような慣習があり、まさにこの業界の闇を感じました。この時に思ったのは「この業界における働き方を変えたい」ということでした。

【ななみ整骨院開業】

平成14年11月、藤沢市にななみ整骨院を独立開業。
自己資金500万円、借入金1,500万円を元手として約20坪の院内に施術ベッド7台と医療機器を揃え、スタッフは雇用せず自分1人で始めました。満を持して開業したつもりでしたが、当日来院された患者さんはわずか4名と散々たる結果で、「開業すれば患者さんは来るさ」などと甘く見ていた怠慢な自分は地獄に突き落とされた思いでした。あっという間に資金も底をつき、所有していた車は売却、住んでいた賃貸マンションも解約し、必要な荷物だけを院内に持ち込んで寝泊りし、その後の数ヶ月間を何とか凌ぎました。

【自分の強み】

経営とはどのようなものかなど知らぬまま開業した自分に出来ることは何かを考えた時、1年目は元旦から大晦日まで1年365日休まず働く事と、誰よりも早く朝一番で商店街の掃除をして、すれ違う人に挨拶をする事で顔を覚えてもらうことを実践しました。
「体力」「やる気」「技術力」が自分の強みだと自覚して、とにかく人の数倍は働きましたが、元々仕事が好きだったので、大変だと思ったことは一度もありませんでした。

【絶頂期】

1年目の努力が報われて業績は上がり続け、2年目、3年目も好調が続き、スタッフも雇用。さらに数年後には患者さんもスタッフも増えたことから2店舗目を開院し、ピーク時には来院数が一日数百人、雇用していたスタッフは20名を数えるほどに。 “売上こそ全て” だと信じていた自分はまさに「成功者」なのだと、この時から勘違いをし始めました。

【そして誰もいなくなった】

ある朝、院から一本の電話が。
朝早くの電話に胸騒ぎがしましたが、案の定、その内容は「スタッフが一人も出社していない」というものでした。スタッフが全員同時に辞めてしまったーー。「売上至上主義」に走った創業者の自己実現は、従業員にしてみればワンマン経営者の自己満足でしかなく、全員に“NO” を突きつけられたのでした。一人残された自分への悔しい思いや、恥ずかしい思い、情けない思い、患者さんに対する申し訳ない思いなどが込み上げ、しばらく泣きじゃくったのを覚えています。

【再出発】

それでも、経営者は立ち止まれない。
起きてしまったことは仕方がない。1店舗をたたんで再スタートを切った。自分が裸の王様だったことに気づけた事は良かったのかもしれない。治療家として技術は磨いてきたつもりでいても、経営者としての勉強は何一つしてこなかった。経営者として、一人の人間として自己変革を遂げなければ、もう先はない――。そう覚悟して、社会人ビジネススクールで経営学を基礎から学び直すことに決めました。

【苛烈を極める生活】

平日は働き、週末の2日間は大学院へ通う。平日には一日5、6時間の勉強時間を確保しなければなりませんが、そのためには睡眠時間を削る他はないという、苛烈を極めた生活が2年間続きました。それでも、「このままでは会社が潰れてしまう」という危機感や「もっと会社を良くしたい」といった思いが根底にあったので、苦しいとか辞めたいなどと思ったことは一度もなく、むしろ経営学を本格的に学ぶことで何かが腑に落ちていく感覚がありました。そうして何とか大学院の修士課程を修了し、国際認証を受けているMBA(経営学修士)の学位も取得できたので、改めて再スタートを切るといった気持ちにもなれました。

【理念経営に行き着く】

それまで目標にしてきた「地域一」「日本一」のような「売上至上主義」から脱却し、スタッフが働き甲斐を感じられる会社に変えていくと決意して、経営理念も新たに制定しました。

<3つのあきらめない>
1.患者さんの痛みのその先にある「夢」をあきらめない
2.スタッフ一人ひとりの「夢」の実現をあきらめない
3.整骨院から医療を変えるという会社の「夢」をあきらめない

そもそもの起業のきっかけは自分自身の「自己実現」でしたが、様々な経験を通じ、弊社SOGを取り巻く全ての方々の「幸せ=夢の実現」こそが目指すべき目標であり使命であると考え、現在のSOGの企業理念となっています。